某批評本に対抗して作りました(笑)。ファンのみなさんにサザン関連の楽曲についてレビュー(批評)していただき、全曲制覇を目指すコーナーです!レビュー対象は音源化されたサザン・ソロ名義の全楽曲です。これを見て聴いてみたくなるような、愛のあるレビューお待ちしています♪ディスコグラフィーとしても使ってくださいね〜(^_^)v
♪●◇♯♀たくさんのレビューお待ちしています♂◎◆△★♭
ビートルズ時代のポールの曲に、ただ「道路でやろうぜ大っぴらに、道路でやろうぜ大っぴらに」だけを繰り返す曲がある。
もちろん優れたボーカリストのポールは歌唱力を駆使して曲にメリハリを付けている。
まだ若かった私はこんなので良いのかと思ったが今はこれでいいのだと思っている。
以来、ロックにおける作詞には既成概念は必要がないということを学んだ。
名曲にして名詞とは限らないし随分如何わしい破廉恥にして乱暴な詩も沢山ある。
この『東京サリーちゃん』だがサザンファンの中にもこの手の曲は苦手という人もいるかもしれない。
何やら卑猥で怪しげな擬似英語のようなこの曲を鑑賞するとき、私はいつも音(おん)で捉えサウンドに重点を置いて聴いている。
たしかにレノンを意識し68年あたりのビートルズにも当てはまりそうな曲である。
しかしここで私が注目したいのは語呂合わせと歌唱法だ。
正直言って読解力のない私には意味不明な詩なのだが帳尻合わせのようにピッタリ嵌るから可笑しい。
たとえば『平成の愛人 東京サリーちゃん 外来の淫乱 ジプシー・サリーちゃん♪』とくる。冴えてる。
「魔窟」という言葉があるが何かその中を覗き込んでいるときに紫煙棚引く洞穴から流れてくるような曲である。
桑田の才能を推し量るにひとえにその根底にあったのは図抜けた聴覚、本物の音を聞き分ける力とそれを体現できる能力であったと確信している。
この曲のボーカルにはそのことが色濃く反映されている。